2006年02月24日

距離U

鼻先も麻痺した身には彼方の地 シーツの皺も山脈に見え

突然の義父の葬儀も出られずに 動かぬ我が身憎んだあの日

結婚の許しをこいに行った日の 義父の笑み今霞みがかって

「幸せにします」と言ったあの嘘を 謝る前に義父黄泉へ逝き

もし人を愛し思えばその心 野山を越えて彼の元へと

義父の死を遠くで悼む我が心 あの日はきっと義父(ちち)の所へ

大空を心が飛べるわけないが 飛ぶと思えば麻痺も許せて


posted by YF at 06:35 | コメント(6) | TrackBack(0) | 短歌
この記事へのコメント
えーっと、ちがうんだよな
すまん、これじゃただのマイナスじゃん
応援じゃない@@がんばれじゃない、
ケセラセラでもない、すまん、
生きろよ、
Posted by 本多信介 at 2006年02月24日 23:13
ま、おれも筆不精ってやつで、ごめん、
で、前に音楽もらったさ、フルハウスで、
で、やっぱ、つらいんさ、あまりにもへたで
これを聴けって言われても、で、おまえが
そういう状態だって聞いてもおれは、そんな
もん下手だぜー、バンドがな、、っつー
文句だぜー。
Posted by 本多信介 at 2006年02月24日 23:15
すまん、って言うしかないんだよ、、
っつうの追加だ、
Posted by ほんだ at 2006年02月24日 23:19

信介さんは、わが愛しの友人です。
わたしがはじめてフルハウスへいったのは、
信介さんのギターとのコラボレのためでした。
そのフルハウスで、舩後さんを紹介されたのです。
つまり、信介さんは、舩後さんとわたしを結んだキューピッド?!

信介さんは、いつだって本音をストレートに語ります。
わたしはそこが好きです。
その「本音」と「直感」は、いつも驚くほど的を射ている。
さすがアーティストです。

ただ、掲示板だと、言葉が足りなくて誤解を招くこともある。
(「ま、おれも筆不精ってやつで、ごめん」っていうのは、
翻訳すると「言葉が足りなくてごめん」という意味です)

まったく差別意識がない信介さん。
だから、舩後さんに本音を吐ける。
わたしは、こんな友を持っていることを、誇りに思います。


舩後さんの短歌。
「全身麻痺」という状態と切り離せない。それが舩後さんの人生だから。
でも、「麻痺の人が書いているからすごい」とか
「麻痺なのに、こんなに書いてすばらしい」というのはちょっと違う。
舩後さんが、舩後さんの人生をちゃんと短歌に反映しているから、
それは人の心を打つのです。
ひとつの人生を背負った「生活者」としての短歌なのです。

でも「作品」としてはまだまだ推敲の余地あり。
その点は、もっともっとがんばってほしい。がんばれ!
Posted by 寮美千子 at 2006年02月25日 01:52
2月26日の朝日新聞の「ひと」欄に、舩後さんのこと、載っていましたね! 全国区ですね。すごい。舩後さんの「生きざま」がストレートに伝わってくる熱い文章でした。

書かれたのは、以前お目にかかった若い女性記者さん。あの「ひと」欄、書いても書いても、なかなか採用されない競争のきびしい欄だそうです。それでも載ったのは、記者さんの腕と、やっぱり舩後さんのパワーですね!
Posted by 寮美千子 at 2006年02月28日 05:22
えー?これが風呂具ーっつうやつかい?
なんだか、掲示板になれたおれにはよう
わからんのだよ、ま、迷子で来たぜ、
すまん36年来の友人が、本を出したんだよ、
パリダカの番組の構成作家をやりだしたのが
20数年前で、砂の中を走る車両のビデオを
見ながら途方に暮れるやつに、いいんじゃない
地図にある適当なもん書いとけば、、
「いやー@@」、、その後どうしたんだろか。。
Posted by 本多信介 at 2006年03月29日 22:58
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